2013年06月18日

カンパお願い

当会は財政上は専らカンパで成り立っています。
会費・カンパを下記口座までお願いします。

りそな銀行 北浜支店 普通0115719
口座名義:ギャンブル被害をなくす会


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事務局だより【会報13号】

◎今回はギャンブルと広告を中心に編集しました。大衆にギャンブルを広め、ギャンブル依存症を拡大することに広告の罪と是正を考えたいものです。

◎6月9日、大阪で「カジノは私たちを幸せにするか」のシンポジウムがありました。
  まず、滝口直子さんによるギャンブルの基調講演がありました。続いて、藤井望夢精神科医と井上を加えたシンポでは、参加者の多くがパチンコ、ギャンブル、そしてこれらのために借金をする“依存症”を告発していました。
  それなのに、維新の会やギャンブル議連(IR議連)らがカジノを立法化しようとしています。これは、①娯楽産業、②観光産業、③公の収益を得ようとするものですが、議員らは①②産業と癒着しており、金で結びついているのです。市民からバクチで金を奪うのは、昔からヤクザの仕事です。こんなヤクザ(ブタ)議員を批判し、落選させる運動はどうでしょうか。

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うんちく

博奕打という業が生まれたのは江戸時代中期以降である。農村中心の社会は日常貨幣を持たなかったが、生糸、絹など副業が生まれ、貨幣収入が生まれた。その副業収入が投機的となり、青年が賭博に手を出すようになった。漁村でも余裕ができ、娯楽の1つとして賭博が広がったという。
上州、甲州等の機業地では天領・旗本領・寺社領など無警察状況の下で、賭博を仕切る大親分が輩出した。また房続や東海道の漁港でも親分に旦那博奕打ちも出て多く子分を抱えた。国定忠次、大前田英五郎、清水治郎長などはこの旦那で、縄張りをつくって賭場を開帳した。
 賭場でサイ博奕をするところ「盆胡座」という。その場は、秘密で子分の客引が「親分がしっかりしているから大丈夫です」と案内する。役人の取締りがあり、いざという時には客が逃げ込めるようにする。寺銭は町方奉行の権限の及ばない寺院が賭博場を経営させたことに由来する。開帳者の客の見守りとなる保険料を含む。
 尚、丁半博奕は、丁半の賭け金をそろえるが、この計算の鈍いことを「盆暗」といい、今も俗語として「ボンクラ」は残っている。この他、博奕由来の「一か八か」等の言葉も多く残っている。
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お遊び 松尾芭蕉本句・盗り句(トリック)

1.行く春や 鳥啼き 魚の目に泪
      皐月賞 馬啼き 人の溜息す
      (優勝した馬のいななきの一方で、多くの負けた客の溜息が聞こえる)
2.物好きや 匂はぬ草に とまる蝶
      賭け好きや 当たらぬくじに とまらない
    (蝶々は物好きと楽しくいうように、賭け好きは好意を持てません)
3.おもしろうて やかでかなしき 鵜舟哉
      おもしろうて やがてかなしき 依存症
      (はじめはおもしろくても、やがては病的依存にまで進む)
4.夏草や 兵共が ゆめの跡
      ペンペン草 収益事業の ゆめの跡
      (貧しい人を収奪した収益事業もやがて赤字となり、廃止される)
5.蓑虫の 音を聞きにこよ 草の庵  (※蓑虫はチチヨハハヨと鳴くという云われ)
      父よ母よ 嘆きの声が 聞こえぬか
      (賭け人の騒々しい声に、被害者の父母の嘆きの声は聞こえない)
6.道のべの 木槿は 馬にくはれけり
      人生の 計画全て 馬(馬券)に消え
      (馬には罪もない、競走レースに賭けて人生の花は消えてしまった)
7.古池や 蛙飛び込む 水の音
      パチスロの 賭けに飛び込み 水の泡
      (生活費もパチスロに飛び込んで水泡となった)
8.旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる
    賭に病んで 夢は枯脳かけめぐる
      (高齢となり、年金を使い果たし、一発大穴を狙う。実はその脳こそ穴)
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消費者行政の欠陥と消費者庁

 消費者庁は現在、「消費者基本計画」の見直しをしている。そこでは消費者に対する「押し買い」規制や財産被害をめぐるスキ間事案への行政措置の導入、消費者安全法の改正、消費者教育の推進などが整理されている。押し買い等は犯罪ないし現行法でも取締強化できる事案で、むしろその不法行為集団の摘発や公表をすることが急務であろう。これを一から計画するまでもない。その他計画は「そつ(・・)」のないことを掲げるが、実は消費者教育にも関係し、国や地方自治体が「加害者」ともなっているギャンブルとそれによる消費者被害(本人だけでなく家族と社会に及ぶ)の視点が全く抜けている。
 ギャンブルの多くは、①そのシステム自体が詐欺的で表示も不当なものがあり、これについて今年1月から私たちは消費者庁に是正取組を求めるも返答さえない。②特定商品や詐欺的取引の規制、不当勧誘、不当表示の是正を計画というも、ギャンブル関係は消費者行政の「治外法域」にしている。③消費者教育、消費生活相談、健全な消費市民社会から無視できない多大な被害(犯罪~生活破局、ギャンブル依存症まで)を生んでいるのに、消費者庁はあえて(・・・)無視しているようだ。
 消費者庁の消費者教育体系のイメージマップの中には、自らの正しいお金の使い方(幼・小・中など)から始まり、消費生活の正しい価値観と生産・流通・社会形成・影響までの持続的で協働し支え合う公正社会への教育目標を掲げているが、そこにギャンブルの正しい認識は全く含まれていない。
 公営ギャンブルを公認して夢をバラ撒き「騙して」、庶民から収奪を重ねている政府の一機関に、期待すること自体できないというクールな視方もできるが、消費者に法の正義の適用をいうにしては、あまりにも大きな「欠陥」である。
 消費者庁という限りは少なくとも、行政が関与する競馬、競輪、競艇、くじの「4K商品」であっても、その「危険性」「病を生む」商品性や販売方法(宣伝、表示、通販その他)、無差別性やその販売の下で生じている犯罪の防止への良識は欠いてもらいたくない。
ギャンブルは「消費」でなく「浪費」であり、それ自体摘発・抑制すべきともいわれる。小野市で2013年3月に「生活保護者監視摘発条例」が生まれている。同条例はギャンブル、パチスロや遊興を「浪費」としている。消費者庁が表向きに、「浪費」は当庁の知らぬことですとまで言わないだろうが、賭博に対してはっきりした姿勢を示すべきである。
さらに、総務省、国交省、経産省、文科省、警察庁所管のギャンブルには手を出せない下っ端省庁に甘んじている現状にこそ立て直しを求めたい。
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カジノカルタ

あ 悪銭、賭金の集め方             は パチンコはミニカジノ
い イカサマは昔あっても今ないと        ひ 病的賭博者 どう止める
う 上にお客様 お金持ち            ふ 富豪狙いのマカオにマニラ
え エンターテナーで客を引き          へ 平均賭け金でVIP対応
お お台場案から全国各地案へ          ほ ポータブルカジノゲーム機で賭け続け
か カジノ・オッズで収益確保          ま マネーロンダリング対策の個人情報登録
き 期待の賭けでリスクを重ね          み 未成年 カジノの前で「止まれない」
く クレジット 金確実に集める法        む 難しいコントラクトブリッジ
け ゲームはバカラ クラップスから       め メガリゾートとメガカジノまで
こ コンプで顧客争奪戦 (※)         も もてなす客と排除する客
さ 「サービス」細やか もてなし賭客へ      や やり続ければ必ず負ける(大数の法則)
し 自国民用ソウルカジノの功と罪        ゆ 誘致を目指すカジノ議連(IR議連)
す スロットはカジノ遊びの入門機        よ ヨーロッパ カジノは「社交・余技」
せ 世界中外国客から金得るカジノ        ら ラスベガス 砂漠の中の歓楽街
そ 組織犯罪生み(膿) 長年闘病        り リゾートカジノでバケーション
た 建前先行 資金の公正            る ルーレット カジノで最大控除率
ち 丁半博打に花札ゲーム案も          れ 「レクレーション」から依存症生み
つ つり合ったゲームから客を釣るギャンブルに  ろ 労なく稼ぐが射倖心
て テーマカジノで大型化            わ わかっていても止められぬ
と 東京・大阪痴事の怪(石原・橋下)      を 終わりなき賭博 終わりは破綻(負け)
な 名乗り出たカジノ自治体バラ色の夢      ん んーと罪は国家にあり
に 日本客呼ぶ韓国コンプ作戦          京 京都は舞洲カジノに反対どすえ
ぬ 盗んだ金も国境超える
ね ネバダ州 徹底監視と管理する    (※)コンプとは、カジノ(ホテル)が一定の賭客に
の 呑ませ酔わせた歴史に規制        行う無料サービスなど優遇のこと。
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Q&A

5月23日、大阪地裁(西田真基裁判長)は競馬で得た所得の申告をせず、所得5.7億円の脱税をしていたとして起訴された件で、所得は1.4億円でしかないとし、懲役2月執行猶予2年の判決をした。
 検察は、本件馬券購入はインターネットを使った全レース的システム的なものでも、その所得は税法の「一時所得」となる。当たった券の購入費は経費になるが「はずれ券」は経費にならないと主張した。これに対し、被告人・弁護人は、予想ソフトを改良した営業的購入で「雑所得」にあたり、「はずれ券」も経費であり、現実に5.7億円もの収益を得ていないのは明白として争った。


Q.まず、これをどう思われますか。
A.判決:馬券購入による一般的な儲けは一時所得となるが、本件は多数・多額の機械的網羅的な購入で、一般論としての国税局見解は一応了とし、個別には実情を踏まえ雑所得とした判断でしょう。
Q.雑所得と一時所得の区別はどうなっていますか。
A.具体的には曖昧なものがあり、所得税法34条の一時所得と35条の雑所得の分類解釈です。
Q.本件はコンピューター記録が残っており、国税庁も詳細に把握できていたケースです。一般に馬券で大当たりさせても申告する人はいないし、税務当局も取り締まってないようですネ。
A.そのようです。新聞・TVのインタビューの客も誰も申告していないと言っていましたし、当局もその現実を知って、昨年9月、払戻金から源泉徴収するよう財務省に改正提案したようです。
Q.一時所得の考えでの課税システムを継続的インターネット取引の事案を起訴し、会社員に実際には得てもいない所得課税をしたことに、裁判所が実情を考慮したということでしょうか。
A.そういうことでしょう。
Q.競馬だけでなく競輪、競艇も同じような課税上の問題はあるのですか。
A.全く同じです。本来、競馬等は75%しか客に戻らず、ほとんどの客は損をする建前で、賭け客を増やしたい全国の地方自治体の収益事業に国税局も法の建前を働かせなかったのです。しかし、近年これら公営ギャンブルの賭け客は場外券販売、電話・インターネット取引の割合が多く、場内売上は下がる一方です。今やこれらのレースはスポーツ観戦と育成よりもギャンブルそのものになりつつある下での事案立件だったといえます。
Q.いわば検察は昔流で、これに対し弁護側は現代の事実を踏まえた対立だった訳ですか。では、公営ギャンブルをビジネス(事業)と同じという考え方はどうでしょう。
A.公営ギャンブルは主催者や関係業者にとってはビジネスでしょう。しかし、お客の賭けをビジネスとは一般に言えず、本件裁判はまれなケースともいえます。しかし、この会社員は一定儲けたようですが、主催側はお客がどんな買い方であれ客同士が争うだけで、券の売り方は総額の25%を「テラ銭」にいただくものです。法的には本来刑法187条の禁ずる「富くじ」販売が公営ギャンブルの性質です。そして大半の客は負けるのですから営利ビジネスとはいえません。
Q.宝くじ、totoの当せん金は非課税と定められているようですが、競馬等とどう異なるのですか。
A.宝くじ、totoの当せん金は、全ての当せん金を合わせても45%前後であり、買った段階で客の損が非常に大きなギャンブルです。庶民の儚い夢で売る宝くじ等は当せん金を大きく射倖性を強くして成り立つもので、もし4億円とか8億円という当せん金について一時所得を課すとその半分が税となり、宣伝する「夢」は半ばなくなります。それでは売れないので立法上当せん金は非課税としているのでしょう。宝くじやBIGは全くの偶然で、競馬などのような予想技術も全く働く余地のないものは全くの賭博ですから、課税しては購入意欲がそがれるということでしょうか。しかし、欧米では宝くじを例外とせず課税されているところもあります。
  競馬、競輪、競艇も「宝くじ」と本質は変わらないのですから、どう違うのかと思う人は多いのです。もちろん大金を当てても所得申告する人はほとんどありません。現行税法は窃盗、詐欺、横領、サイコロ賭博など不法悪徳金でも、本来は一時所得として申告納税すべきという建前です。本来、課税が原則ですから、法令で特に定める以外にありません。しかし、そこまで優遇する公益上の必要は本来ないでしょう。
  それにしても、ギャンブル等で年20万円儲けたら申告すべきなのに、無申告という犯罪をたくさん生んでいるギャンブルこそ問題です。
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【コラム】互換性と賭け

賭けギャンブルには、平等な互換性があると思う人が多い。しかし、完全な互換性は数学上の確率や偶然性のみの抽象的な賭けやゲームとして想定されても、現実のギャンブルにはない。
いわゆる賭場を開帳する胴は必ず確実な賭けを設定している。カジノのルーレットも「0」や「00」はディーラーの総取りがある。公営ギャンブル(開催者、発券者、そして、その受託業者、選手ら)も利益を確保している。パチンコやスロットも同じである。客と「営業主」の間には、互換性も平等性もない。いわば客は魚で、自分達の身から総額の75%~40%を貪って食い合っているのである。
販売・営業主は、大当たりを夢たっぷりに表示する。しかし、客=魚は99%損をする。購入元金分の40%がその全ての客に戻るのであれば、億の当たりくじや大穴は出せない。(もし、配当の40%~75%が全員にとって確実とすると、客の間では互換性があるが大当たりはない。)
しかし、そんな互換性があればギャンブルにならず、誰も客にならない。100円を持って、40円~75円に交換してもらう処に行かないであろう。すなわち、互換性があり、買った自分にもチャンスがあるというのは、人の夢であり漢字のとおり儚いものである
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宝くじ・totoの迷信商法

1.宝くじやtotoの売場で「本日は大安吉日です」とか「今日は一粒万倍日です」と看板や広告文を出しているところが多い。だから買ったら当たると宣伝しているところもある。
大安とは万事に用いて吉、成功する日とされ、結婚式の日にされる。これは江戸末期から流行した「六曜」で先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6つの星、六曜星という吉凶の日の考え方で吉凶を占い定めた迷信・俗信の日である。1ヶ月30日を5分割し、6日ずつの単位の区別の日に吉凶が付加されたもの。暦の多くそうであるように中国宋代から大安という日はあったが、日本で先の6名称になった。勝負率の世界で広がったようだが、そのサイクルは順番の一方で旧暦で、しかも1月と7月の1日を先勝から、2月と8月の1日を友引から、3月と9月の1日を先負からというように始めて順番にするので、月火水・・・の七曜と異なり、何か意味のありそうな日に見えるだけである。
また、暦には六曜、七曜、十二直などに含まれない「選日」「雑注」があり、六十干支の組合せで吉凶を占うものがある。一般に選日とは「八専」「十方暮」「不成就日」「天一天上」「三隣亡」「三伏」「一粒万倍日」「犯土(大土・小土)」と「臘日」の9つがある。
このうち、三隣亡は今では棟上げなどの大凶日というが、江戸時代には「三輪宝」として「屋立てよし」の吉日だった。それが明治期以降、六曜と共に「おばけ暦」に記載されて広まった。「一粒万倍日」は字のとおり、一粒のモミが万倍になるめでたい日というが、その選日法は1月は丑・午の日、2月は酉・寅の日というように定められ、もちろん迷信・俗信である。この日は数多くあり宣伝されているが、宝くじ・totoの当せんする日である訳がない。
だから、大安、一粒万倍日をラッキーな日として客に買わせるのは、迷信で人を騙しているだけである。なお、万事に成就しない良くない日の不成就日は、1月と7月は3,11,19,27日というように定めているが、宝くじ売場はその宣伝も表示もしない。例えば、2013年5月13日は一粒万倍日で不成就日だったが、宝くじ・toto売場は一粒万倍日だけを表出している。また、大安を表出しても仏滅などの日は表出しない。
このように宝くじ売場は迷信を駆使し、しかも御都合主義に偏用して、消費者の選択に対し誤解を与えているのである。

2.また、宝くじ・toto売場では、この売場は「2億円が出た売場です」といった表示をしている。かつて「もっとも多く億円くじが出た売場」という不実の看板表示までしていたことは、以前みずほ銀行に是正申し入れをした。しかし今も、みずほ銀行から再販売委託された業者が、億円くじが何本出たとか当たりくじが自分の売場で多く出ていることを宣伝している。実は、当せんが多い売場はハズレ券をその分多く売った売場なのに誤魔化しは続いているのだ。
  購入者が冷静に考えると正しくない宣伝は多い。「まずい食品」を「おいしい食品」として売っているようなものという視方もあるが、おいしいまずいは主観が半分ともいえる。一方、「当たりやすい日」と宣伝して売るのは、宝くじ依存の購入者に今日のくじはいいですよと客観的に誤った表示をして売るのだから、不当表示による商売といわざるを得ない。             (Y)
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ギャンブルオンブズ

弁護士 井 上 善 雄 


1.専科・専門オンブズ(マン)の必要性とギャンブルオンブズマン
  市民オンブズ(マン)は、政府・自治体の行財政について特にテーマを決めず活動していますが、現実は(1)情報公開、(2)公金の不正・ムダ支出、(3)財産の不正管理、(4)契約(入札)の不正・不当、(5)公務員人事・給与・処遇の不正、(6)補助金・貸付金の不正、(7)議会・議員の不正・機能不全、処遇といったテーマで、社会時局やメディアの注目するものが中心でした。
  公的オンブズは社会的弱者や人権といった社会福祉にまで及びますが、日本ではないかあっても全体に弱い取組です。市民のNPOでもこれらの専門テーマから平和、国際的なオンブズ活動まで生まれています。また、NGOの公共的団体(ex.弁護士会、各種センター)もオンブズ機能を発揮しているところもあります。
  しかし、消費者問題でも新しい悪徳商法が生まれても、これらに対応する行政や市民団体も必ずしもすぐに対応できていません。また、社会的視点の欠落やその問題を生み出すものが一見「常態」化していることや、その母体が「合法化」されたりしていると社会的に取組めていないものが多いのです。
  例えば、「体罰」「いじめ」などは古くから問題はあるとされながら、「よくあること」「そんなもの」、そして「学校」「特別の団体の体質化」「密室性」の下で軽視されてきました。体罰、いじめによる自殺の悲劇も、親や被害者がついに「告発」することでメディアテーマとなり社会化されました。そして今、教育オンブズマン、子供オンブズマン、労働オンブズマン、人権オンブズマンなど、その被害救済やその源を断つ活動が求められています。自由主義の下ではこのような「被害」や「問題」とその実状をいち早く聞き、是正への活動を始めるシステムが必要です。現実には機能していなかったり、建前だけで機能不全となっていることがあります。DV(ドメスティックバイオレンス)も警察が取組を広げていますが、本来、シェルター(避難所)やガイド機能をもち、行政へも意見を言って措置を求めたり、一方「加害者」となる者の「治療」「ケア」もできるオンブズが期待されるでしょう。
  健康な福祉社会の求める政策の下、その調査・救済・改善・提言・立法・システム化への有力なオンブズが必要です。専門的視点能力を持ち、被害の救済と社会的システム(人・モノ・カネの有効、効率的配備)のために生まれ発展することが必要です。
  このような一般論だけでなく、社会的盲点といえるギャンブルの大被害とその是正策のないところから、ギャンブルオンブズマンの小さな役割と活動が始まったといえます。
  昨年2月、「ギャンブル被害をなくす会」は生まれました。「ギャンブル依存症」といわれる人々を200~300万人も生んでいるパチスロ・公営ギャンブル(宝くじ、totoを含む)のあまりにも無責任な実状を糺すべく活動を始めたのでした。
ギャンブルを自ら主催する自治体や業者・利権団体はその被害をほとんど無視しています。ギャンブル依存に対しギャンブルアノニマスなど市民による自立支援のボランティア活動は続けられています。しかし、行政はギャンブル依存を薬物中毒、アルコール依存と比べても著しく軽視し、その病を生む事業者らは客をあくまで収益を得る対象としかみないのです。依存症の者は自業自得の病人ないし放蕩者としか視ておらず、その救済に取り組んでいないのです。それどころか悪徳商法といえる不当表示や誇大広告で客を集め、収益増に走っています。その姿を糺そうと「ギャンブルオンブズマン」が生まれたのでした。
 
2.ギャンブル事業の醜状
  公営ギャンブルや公営くじは、自ら「利権領域」とみて幹部天下りや退職先とする民間の受託関係事業者、協力団体も利権団体となり、自己の利権に走っています。パチスロは新しい手法で事業を広げ、日本の主力産業とまで豪語するほどです。
  事業の「利権」は、全国都道府県市町村、所管の総務省、国土交通省、経済産業省、文部科学省、警察庁の役人に及びますが、顧客の「被害」について対策はないのです。収益事業の拡大存続についての指導監督のみです。
  消費者庁や公正取引委員会、国民生活センターも公営・公認事業には口を閉ざしています。メディアも商業広告スポンサーであって視ぬふりをしています。被害者は、まさに病む心を救い、自助に協力する数少ないボランティアを自ら捜すしかないのです。
  公然化したギャンブルだけで年30兆円も投じられる客の金は、最低限の生活を支える生活保護資金、年金から家族、近親者、さらに犯罪で奪った金の集計です。これに対し、国民が余欲ある自己の所得から文化、芸術、娯楽に投じるようなものはあってもほんの僅かです。政府・自治体もこの本質を知って知らぬふりの「収益事業」を維持するため、その金の「出処」の調査はしないのです。パチンコや賭博の多くの資金が犯罪によるものというのは司法関係者なら「常識」です。
もし、賭け金の出処に証明が必要な法律ができたら、収益事業者は賍物(盗んだ金、詐取した金、脱税の金など犯罪により生んだもの)を収受したものとして、その刑事責任さえ問われます。賭け金、遊び金の出処を問うような危険を自らとろうとしないのです。このような客の金の「出処」を調査もせず、それを使う客の「病」を知ろうとしない事業は、マフィア・ヤクザやヤミの業者が行う犯罪事業と同じです。江戸時代の昔から賭博場に来た客に金を持っているかは問うも、金さえ持っていれば客の「手代」「番頭」が主人から盗んだり、預かった金かを問わないというのは、「劇」「映画」「講談」でよく知られるところです。
お金や富をどうして生み貯えられ使われるべきかは、先哲、宗教の教えるところでした。キリスト教、仏教、イスラム教をはじめ世界のまともな宗教は、盗み、欺し、賭博を戒めています。お金や富は真に必要なときに、必要な分だけ与えられ配分されるべきと説いています。いわば、宗教・教育上禁忌のことを、こともあろうに公共の福祉の実現を図る公共機関が、自らも収益を得、利権を得るために続けているのです。

3.ギャンブルオンブズマンの活動方法
  ギャンブルオンブズマンの活動は、その不正と被害をなくすことです。市民には権力も活動財力もないので、啓発と仲間を増やして世論を高めることです。その活動は微々たるものといえます。ただ、決定的な強みは賭博事業の「悪」ははっきりしており、その事実を明らかにすることにより、その悪業と虚業からの脱却、減少を求めうることです。
その方法の第1は、不当宣伝・表示を止めさせ、市民の良識を高めることです。パチスロボディ広告や不実広告のくじ販売の中止を求めたのはこの活動です。
  その第2は、政府・自治体のあるべき姿(国民福祉・健全教育等)との矛盾をつき、その規模の縮小、廃止に向けることです。このためには客の金の出処を調査することが有効になるでしょう。一部であっても元依存症患者やギャンブル場でアンケート調査をすることも必要でしょう。
  その第3は、意外にもギャンブルをしたり、是認する人の考え方をどう理解し、その考え方を止揚した主張をすることです。21世紀の初めという時代にあって、現代のギャンブルとその収益事業をどうするかは、政治的、立法的課題です。既存のギャンブル事業が現代の政治に巣くっているのには根強いものがあります。机上の建前でなく、本音からの是正が求められています。
  その第4は、その事業のコンプライアンスや倫理を問うことです。一例をいうと、賭博の収益金をただ貰うだけの日本財団(旧日本船舶振興会、笹川財団ともいわれた)があります。日本財団はかつて競艇事業の受託団体として名実ともに競艇を仕切っていましたが、今は競艇事業は別法人がして、日本財団は競艇法(ボートレース法)で毎年収益の2.5%(約150億円以上)を受け取るだけの団体となりました。そして、「人類は皆兄弟」などとして国際支援事業等をしていますが、賭博収益の「上納金」をもって財団役員(笹川一族も入る)らが報酬を得て使い道を決め、国際舞台で活躍しても、その公益性・倫理性はその根底で失われているのです。
  その第5は、日本広告業界の大手「電通」や「博報堂」、そしてメディア媒体のギャンブル広告について如何にコンプライアンスをとらえ、倫理基準を満たしているのかを問うことです。委託を受けた宝くじ、totoなどの広告をみると売るためなら客・買主の誤解を招くことなど全く気にしていないようです。

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ギャンブル広告と不当表示1 (宝くじ、toto)

1.まず、簡単に広告をめぐる法制や業界基準を紹介しておきます。
(1)広告の二面性と法規制の必要性
ⅰ.企業や商品広告について、表現の自由のレベルで考える企業や宣伝活動をする側と、広告を受ける消費者・市民の側では立場が異なります。前者はできる限り自由にしたいと考え、憲法上の表現の自由までがその根拠とされます。そのくせ広告情報の秘密、技術上営業上の利益(知的所有権等)も強調されます。広告は、政治的な言論表現の自由にかかるものもありますが、実は、企業・商品・営業宣伝広告がメディアの発達で圧倒しています。
   そこで受け手の消費者・国民に対し、広告主・広告媒体の責任が問われます。広告はその媒体の利用により不当表示、不公正競争、消費者の利益を害し、対立するだけでなく、地域の景観・風紀、人々の安全にかかわる問題を引き起こしています。
   広告と消費者の視点では、第1に不当表示(不当景品類や不公正競争広告を含む)、第2に市民の平穏権、人格権にかかわる屋外広告、テレビからあらゆるメディアを利用した「押し付け」広告までの問題があります。
 ⅱ.これらに関して、日本の現行法は独占禁止法、景表法、広告規制法、消費者の安全、製造物責任にかかる法規制と屋外広告物法条例などがあります。諸外国の広告規制は、例えば米国ではFTC法(連邦取引委員会法)、FAA法、アルコール飲料管理法、FDA(食品医薬品規制)法もあります。もちろん、英・独・仏・EC諸国の法規制もあります。
(2)広告と媒体責任
   広告は、広告主の名において実施していますが、メディア(新聞、TV、雑誌etc)が単にスペースを提供しているに過ぎないのか、メディアのチェック能力の責任の関係でも論じられます。さらに、広告媒体取扱い会社も問われます。
最高裁まで争われた日本コーポ広告事件(コーポの購入者が販売会社の倒産により、大手三紙を訴えたもの)では三紙は勝訴したものの、読者に不測の損害を及ぼすおそれがあると予見できるときは、読者に不法行為責任を負うことがあることを判示しています。
   また、1987年大阪地裁での原野商法タレント広告事件では、タレントA氏の不法行為の紹介・推薦で幇助にあたるとした例もあります。
   このような事案も踏まえて広告における「倫理」が改めて問われています。
   今日、広告は①広告の基準・自主基準、②公正競争規約・商慣習、③広告関連法規と消費者ないし保護すべき社会的利益の対峙の下にあります。
(3)広告界の自主規制
   広告界では、広告について倫理基準があります。これらは広告する業界自らが、広告には守るべき保護法益や規制が必要ということを認めているといえます。
 ⅰ.(社)日本アドバタイザーズ協会(JAA 旧称:日本広告主協会)の倫理委員会
   1957年2月、広告は「真実を伝え、品位を保つ・・・」として協会が発足し、1977年から「美観」のため野立看板、1978年懸賞広告、化粧品適正広告を検討しています。1977年12月6日制定の倫理綱領は「企業と消費者」と「正しい広告」を定めましたが、抽象的ながら既に相当高いレベルの倫理綱領です。その中では「虚偽、誇大の表現はないだろうか」「いたずらに射倖心をあおるような表現はないだろうか」と正しい広告を求めています。

 ⅱ.(社)日本広告審査機構(JARO、ジャロ)
   1974年10月1日、「不正な広告をこの世からなくし、正しい広告を育てよう」と、社団法人として広告主、媒体社、広告会社、その他広告関連会社250社の会員でスタートしました(現在879社)。1978年3月15日制定の「審査基準」は、広告及び表示は次の5項のものでなければならないとしています。ギャンブル広告にはいずれの項にも抵触するものがあります。
  ①公正で真実なものでなければならない。
  ②その受け手に不利益を与えることのないものでなければならない。 
③児童及び青少年などに与える影響を考慮したものでなければならない。
④品位を保ち、健全な風俗習慣を尊重したものでなければならない。
⑤関連法規と社会秩序を守るものでなければならない。
 ⅲ.(財)広告審査協会と日本新聞協会
   1971年、新聞社である朝日、日経社らが広告審査協会を発足させ、2012年現在会員は74社。1976年5月、日本新聞協会は「新聞広告倫理綱領」と「新聞広告掲載基準」を制定しました。掲載基準は掲載しない項目22項からなります。以下、ギャンブルにかかわるものを要約しつつ紹介すると、①責任の所在か不明確のもの、②内容が不明確のもの、③虚偽又は誤認されるおそれがあるもの、⑥投機・射倖心を著しくあおる表現のもの、⑦とばく・・・行為を肯定・・・したもの、⑨非科学的、迷信に類するものが該当します。
 ⅳ.日本雑誌広告協会   1971年、雑誌広告倫理綱領を定めました。
 ⅴ.日本民間放送連盟   1985年、新放送基準を定めました。
 ⅵ.日本広告業協会
  1950年設立、1971年「広告倫理綱領」を定め、次のものでなければならいとしました。
 ①生活者利益を優先する情報を提供するもの、②科学性を尊重し効率的経済活動に寄与するもの、
③美を追及し、人々の心に喜びを与えるもの
 そして、具体的に虚偽や誇大な表現をやめて真実を尊重しよう、真実を隠してあいまいな用語や内容で誤解を招くような表現をしない、品位を保ち、不快で卑猥な印象を与える表現はさけよう等としています。

2.不当広告の氾濫
ところが、現実の広告は自主規制どころか法規制に反するものが少なくありません。では、全国自治体のジャンボ宝くじやスポーツくじtoto(BIG他)の広告はどうでしょうか。
(1)現在売られている1億円~8億円までのこれらくじそのものが「射倖心を著しくあおる」ものです。1976年初めてのジャンボ宝くじで「あなたも1000万円長者になれる」と煽り、購入者が押し寄せて死者・重軽傷者を出しました。そして今は、「億万長者」がこの店で出たと煽っています。
(2)2013年5月17日から6月7日まで売られたドリームジャンボのうち、1億円ジャンボは1億円が16本当たる、ドリーム10では10万円は4万本当たると広告しています。しかし、実は1億円くじは1枚300円のくじが690億円分売れた場合、10万円くじも1枚300円のくじが120億円分売れた場合という限定条件なのに、広告物の表示ではその条件はほとんど判りません。(吊り広告などほとんど視えない小さな条件表示であり、多くの市民は理解できない。)
(3)キムタクに「1億円が沢山当たる」と言わせたり、「1等1億円があたる気がしている木村さん」「1等1億円が当たったら何に使おうかと考えている木村さん」、またドリーム10では「4万本なら10万円はきっとあたると信じている木村さん」「まもなく発売終了してしまうことに全く気がついていない木村さん」と、車内吊りや新聞、TVで広告しています。またTVでの1億円ジャンボCMでは、「うちのスタッフの青木さんが高額当選しました」と顔人物紹介付きで広告しています。
   これらは、虚偽・誇大な表現であり、真実を隠しているものです。1千万枚に7枚しか当たらないのなら「たくさん」とはとても言えません。10万円が4万本(実は30億円分の1千万枚につき1万枚)でも千枚に1本なら「きっと当たる」とは言えず、「信じている木村さん」というのは嘘です。ちなみに、日本では交通事故死でも1000人に1人もいないのです。自ら交通事故死を信じている木村さんと言わせているようなものです。スタッフの青木さんが本当に1億円のような高額当選をした事実の裏付けはないし、仮にたまたま当たった人を引っ張ってきても1億円(高額当選)がさも当たるかのように使うのは詐欺的表示です。売主の宣伝をしている木村が発売期限や売れ行きを知らないはずがありません。
(4)日本スポーツ振興センター(JSC)のtotoのBIGでは「買わなきゃ当たらない」と高田純次が不快な姿の覆面BIGマンに扮して言います。また、TVでは悪役キャラクターの髪の毛が急に怪物のように伸び、身体が風船のようになって飛ばされる映像が流されています。とても美的とは言えず不快で卑猥なものです。これらは不当表示であり、広告基準に著しく反する下品な広告です。「6億円が出やすい土日購入」などというBIGの宣伝広告のデタラメな不当表示は、今もちらし、インターネットで流されたままです。
 
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地下鉄パチスロボディ広告の撤去に成功

 既報のとおりこの5月、私たちの訴えにより大阪市営地下鉄のマルハン広告を完全撤去させることに成功し、訴えは取り下げました。ギャンブル広告の無差別的強制だとの声をあげて1年余り、提訴して半年の成果です。
 ギャンブル広告が地下鉄でも拡大している今日、その意義は大きなものがあります。率直にいって、私たちの訴えが、大阪市交通局の正常化(?)へ向けての背を押したとも言えます。単なる声だけでなく具体的に「茨のようなトゲ」をもって取り組まないと世の中は改善しないことも多いのです。特に、広告主、広告代理店、交通局の利権や利益の拡大という情況下では、発言権を確保されない市民・乗客の声や利益は失われがちです。経済が生産、流通、消費(利用)、環境負荷まで公平であることはほとんどなく、資本主義(自由経済)下では利用者や環境の負担(教育環境の悪化から静穏権まで)の利権が損なわれることが多いのです。
 マルハンにとって月200万円の列車の「丸買い広告」は、同社の年2兆円を超えるケタ違いの売上にしてみれば僅かな経費であり、名を売り、地位・ステイタスの向上になるでしょう。しかし、利用客ら市民にとっては、押し付け広告(自らの安全確認のためにとらわれの観察者となることと引き換え)でしかありませんでした。
 橋下市長は、地下鉄・市営バスを民営化して売ることも考えています。市民の足やその適正さよりも営利性を重視しており、これも問題と言えます。
はがされる途中のラッピング広告(大阪市提出)
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