2013年02月25日

― くじギャンブルの不当販売の責任をどうするか ―

1.リコール(Recall)は「思い出す、取り消す、呼び戻す」の意で、行政用語では選挙で選んだ人(首長ら)の解任と再選挙を請求する制度の意味で使われる。また、自動車など発売後に欠陥が発見された時、メーカーがそれを広告し修繕する等の回収措置をとることを「リコール」と言うようになった。いずれも一度世に出たものを「呼び戻す」ものである。これはアメリカで発展したが、対象商品では今のところ耐久消費財についてでる。ただ一定長期間保存可能な消費財では回収の呼びかけがメーカーや発売主によりなされるので、これを含めて「リコール」と言われる。不当表示は「景表法」で規制される。ここでは消費者(購入者)に誤解を与えたり、不当な結果となる広告からラベル、説明に至る全てを「不当表示」として考える。

2.自動車や電気器で不良箇所が発見されると、メーカー、販売者はリコールの案内広告をし、その不良に応じて修繕から商品の取り替えまでを自ら行う。買い主側には欠陥のない製品を求める権利がある。耐久消費財の場合は、欠陥をなくした商品を確保することで購入目的が達せられる。
  次に食品などで安全性に問題があればリコールし、例えその商品が一部費消されていても全額払戻をして回収する。回収不能で被害が確認できなくとも、その危険性があって運良く被害が発生していないだけと考えて代金を返還する。数量不足の場合は、民法では減額請求できるが、袋入り100gのものが90gしかなかった場合、10個入りのチョコレートが8個しかなかった場合、差額を比例按分して返せばよいのだろうか。購入者は90g入り、8個入りでは目的を達せないこともあるし、その差額だけ金で返せば良いというのでは、消費者への配慮に欠ける。それは、表示をした売り主が結果として買い主を騙したことになるからである。もちろん、数量不足の場合は債務不履行になるから返品の上、全額返すよう求めうる。半ば消費して途中で判った場合など、ケースにより金銭精算するしかないものもあろうが、売り主の帰責事由を買い主が負担せよというのは酷であろう。
  安全や数量の問題ではなく、効果効能を欠く場合もある。これらの効果効能の表示の効果がなかった場合リコールすべきで代金も返すべきだ。薬品や健康食品などはこの点厳しく売り主の責任を問うべきである。かつて、健康被害は証明なくとも、ワインや健康食品に不適正なものが入っていた場合に全品既消費のものも含めて返金させたことがある。(マンズワイン事件、サントリーアスタキサンチン事件)
  騙してものを売れば、刑法上の詐欺ならずとも買い主は民法上詐欺として取り消し、代金を回収できる。青森リンゴを信州リンゴと言えば取り消しうるが、「おいしいリンゴ」と言って「まずいリンゴ」を売れば詐欺になるかというとそうならない。「おいしい」は許された宣伝表示とされるだろう。しかし、おいしいと言って売ったリンゴに虫が入っておれば、瑕疵あるものとして取替又は代金返還となる。

3.ここからギャンブル商品の不当表示とその責任の問題を考える。
  4億円が当たるというくじは、普通1000万本に1本だから、その表現自体は不当表示ではない。しかし、当たる確率を誤った表示で売ると詐欺となる。もちろん代金を返せということになる。(しかし、当たったくじ購入者は知らん顔をするが。)
  toto、BIGで実際にやっていたことだが、発売元が「6億円は土曜日に買うと一番出やすい」として売った場合はどうか。そんなことを信じる方がバカという見方もあろうが、発売元がそう言うのならと信ずる人もいる。実際に新聞広告やHPで、「ビッグマン」というスポーツ振興センター(発売元)の宣伝キャラクターが、6億円が当たる「傾向と対策」として宣伝した。その中には、午前10時台に買うと6億円が出るというのもある。また、6億円当たった人の購入口数は10口以上というものがあった。いずれも販売事情からの統計の都合の良いデータを「傾向」とし、この傾向に従うことが「対策」として「教えちゃう」としているのである。当せん確率は販売数の多い曜日、時間帯が左右するのだが、「ハズレ」もその分多い。なのに6億円が「出やすい」「よく出る」と、くじの買い方を教えられると、それに誘導される。この点、10口以上(3000円以上)が第1位、5口が第2位、3口が第3位というのは、比較方法自体にペテンがある。本来、10口、5口、3口でいうと多い口数が当せん率が高くなるのは当たり前だが、「10口以上」というのは100口でも1000口でも10口以上になるから当然1位となる。
  6億円当たった人の誕生月を1位4,6,9月、2位3月、3位2,5,8月というのもあった。1位の4,6,9月生まれの当選者数は同じ、3位の2,5,8月生まれも同数だというが本当だろうか。結局、4,6,9月生まれの人は当たりますよと「傾向」を教えられ、だから買って下さいと購入の「対策」を教えているのである。
  前置きが長くなった。この広告表示を信じて買った方が悪いと言えるだろうか。
  BIGは、リンゴはどれもおいしいと言っているのでなく、沢山あるくじの買い方を教えているのである。もちろん、その券はどれも同じであるのに、買う日、買う時間、10個以上買いというまとめ買いが特に得で良いと言っている。それは誤った情報を与えて売ったのである。
  本来、売り主はどのくじをどの買い方をしても当せんは同じ確率のものとして宣伝表示すべきなのに、自らわざわざ差を付けて売る。しかも、客には知れない秘密の「傾向」があり、さも価値あるものと誤解させて売ったのである。そして、その買い方の誤った「対策」に従って買うよう売ったのであるから、公営賭博機関としてその責任は重い。
  こんなBIGの売った券は「払い戻し」というリコールをすべきである。

4.不当表示は、結果として生じたものでも過失行為でもない。故意による詐欺行為である。例えば、販売自動車が通常の地上で200km/hしか走れないのに抵抗の少ない条件をつくり、その条件の下で実験し、その条件を示さず300km/hで走れますといえば詐欺表示と言われよう。占いで沢山買った人ほど大吉が当たるといってくじを売ることは、その寺社の品位は損なわれ非難されるだろう。多く買えばその分大吉も当たりやすいし、凶も出やすいからである。決められているくじを3回振れば大吉が出るなどといえば疑問だらけだが、神頼みだからそれを実行する人はでる。それをギャンブル主催者が、自ら当たりくじの出やすい購入方法を教えて買わせるのだから詐欺のレベルである。
  そこまでしてサッカーくじというも、実質宝くじと同じ予想不測であるものを一定方法で当てられる、などとして売るのは、馬券予想を馬券販売者がしている以上の嘘である。(実は、本命など予想もできるレースでも確実な儲けになる券買いはできない。本命だけを買い続ければ数学の大数の法則で確実に損をすることが逆に証明されている。)

5.でも購入者がハズレ券を保存せず捨ててしまった場合はどうなるか。この場合は購入を証明する他の証明方法があれば、詐欺等不法行為を理由として損害賠償を求めうる。実は多くの顧客はハズレ券を捨てているから発行者らは騙し得になるが、詐欺の不法行為追及がより簡単に認められると罰・ペナルティになる。                             (Y)

年末のビッグの購入者で賠償請求したい、お灸を据えたいと
思われる方は当会まで御連絡下さい。



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書籍紹介 

「宝くじの文化史」ゲイリー・ヒックス(高橋知子訳 原書房 2400円+税)

 宝くじ界の不正を告発するブログの中に本書の広告を視て入手した。著者は英国のジャーナリストから英情報局、そして保険会社の広報担当部長、そしてアドバイザーを歴任したという。内容はギリシャ・ローマ時代から英米を中心とした宝くじとこれに関わる有名人を追い、古今の宝くじの実態を紹介するものである。
 著者は序章でこう言い切っている。「スキャンダルと利益、聖人と罪人、深いジレンマに悩む各国政府―さまざまな問題を抱えつつも、宝くじはこれからも存続していくだろう。それもそのはず、宝くじほど人の心を惹きつけてやまないものはないのだから。勝敗はすべて運まかせ。真に民主的な方法で勝者と敗者が決まる宝くじの絶対的な公平さは、万物が偶然の上に成り立っているという事実を示している。まさに運命のブックメーカー(賭屋)なのである。」
 しかし、これは疑問である。本文のギリシャ・ローマから最近のくじ利用までの「歴史」と「知識」は、くじに「詐術」や「害」のあることを教えている。抽籤という手法を科学的に合理化しつつ広げる余地があるかのようにもいうが、それは結局、くじ引きによる議員選出、入学者、陪審員選出、徴兵、移住希望者の選出といった限られたテーマであり、本来、金を儲ける公平をいうものでなく、金が当たる宝くじ論ではない。
 珍しい訳者のあとがきによれば、本書を「宝くじの歴史」を体系的に網羅したものというが、宝くじで高額の賞金を手にして幸せをつかんだ者がいる一方で、大金が仇となって道を踏み外した者もいる。全財産を宝くじにつぎ込み、人生に絶望して自ら命を絶った者も少なくない。それでも宝くじが、人類の歴史から消え去ることなく隆盛を保ったのは、その莫大な収益が各国政府にとって絶対に手放すことのできない収入源であったためだ。宝くじは「人々が喜んで支払う唯一の税金なのである」と至言している。本書には、赤い帯に「欲望という名の税金」と大きく印刷されているが、訳者の言を面白く書いたものだろう。
 趣味で本を読むと、例えばジョージ・ワシントンが宝くじ好きで支援者であったエピソードや、問題の多い人物であることも知りうる。しかし、本書は正直雑学レベルで、「文化史」を語れていない。従って、会員に買ってまでして読まれたいとは言えない。また、本書は「ギャンブルが変えた世界史」ともあるが、同出版社の蔵持不三也訳の1978年出版本と同じ「宝くじが作った世界史」(英名「HOW THE LOTTERY SHAPED THE WORLD」)の訳直しであろう。
 宝くじを「欲望という名の税金」というのは、出版社が「欲望という名の電車」という有名舞台劇をもじったようだ。「人々が喜んで支払う唯一の税金」というのは訳者も「 」書きしているように明らかに言いすぎである。
 客観的には購入者のほとんどは賭け金100に対し発売元が40,購入者45,取扱業者15をとるということも知らない。総額当せん金がわずか45%でほとんどが空くじであり、それでも「喜んでいる」のか「また税金」と思っているのかとなると、承認も自覚もしていないといえる。
 タバコ税、酒税など人の嗜好品や国民の物質依存性を利用した税金は少なくない。税は本来、人・負担能力の公平、環境対応その他よき政策へのリード等を考えるべきで、「喜んで支払う」からとうそぶいてやることは許されるべきものでない。
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カンパお願い

当会は財政上は専らカンパで成り立っています。
会費・カンパを下記口座までお願いします。

りそな銀行 北浜支店 普通0115719
口座名義:ギャンブル被害をなくす会
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ギャンブル異文字歌(イロハ)

パチスロ くじ 公営(こうえい)ギャンブル   遊(あそ)び 夢(ゆめ) 世迷(よま)ゐにつけて
なほ お金(かね)をとりぬ   さも 我(われ)ら民(たみ)への税務(ぜゑむ)     (48文字)
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賭博と税金

 ギャンブルの賭け金に税というなら、パチンコでも本来勝った金に所得税天引でもすべきだろう。しかし、その制度はない。
公営競技は、25%が発売元と事業関係者(馬、選手etc)に、約75%が購入者全体に配当されるが、当せん者には一時所得税が課せられる。1枚100円で100万円勝つと購入1枚分100円が経費で、(100万円-100円-50万円)×1/2が課税所得である。
パチ・スロも勝てば一時所得が課せられるが、買った者もこの一時所得を申告している者はまずいない。1年を通してみると儲けはないという人が注意すべきことがある。例えば、パチンコで1日で丸々2万円儲けると2万円が所得となる。1ヶ月毎日通って内15日は2万円ずつ勝ち30万円儲けた場合、一方で15日2万円ずつ負けていたとしてもその負けた30万円分は経費とは認めらない。
結局、毎月1年間でプラスマイナスゼロとなり一時所得はないように見えるが、月30万円で年間360万円-50万円の1/2=155万円をその他の所得と共に申告しなければならないのである。パチンコ店も景品交換所もこの納税の必要性を案内していない。監督指導している警察も脱税に知らん顔である。    
(脱税打子)

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地下鉄ボディ広告裁判について

地下鉄ボディ広告裁判について
大阪市とマルハンの広告契約に動きがあり、以下の声明を発表しました。
 なお、次回裁判は 3月5日(火)午後2時30分~ 地裁11民事部7階729号室にて準備手続が行われ、今後の進行が決まります。
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声  明
1.2013年2月13日、大阪市は大阪地方裁判所に、私たち原告が差し止めを請求しているパチ・スロ店マルハンの地下鉄車輌ボディ広告の中止が決まったとして、書面を提出した。
  このボディ広告は、私たちが大阪市に中止を求めても無視され続けたため、2012年10月19日、裁判を提起したものである。(大阪地裁第11民事部 平成24年(ワ)第11346号事件)
第1回の2012年12月7日の裁判で、大阪市は広告を継続するとし、差し止め請求の棄却を求め、2013年1月22日の裁判でも私たちの請求に対し重ねて棄却を主張していた。
大阪市の主張に対し、私たちは、マルハンの広告の継続をし続けることは、市の公共目的に反すること、屋外広告物としての不適正取扱い、マルハンを既得権業者として取り扱うことの不法性を指摘してきた。また、パチ・スロ店広告はギャンブル依存症を生み、多くの犯罪をもたらし、庶民から不正不当な収益さえ得ていることなどを批判した。
このような批判に対し正面から反論せず、今回大阪市は、2007年2月以来毎年継続更新してきたマルハンボディ広告について、2013年2月1日にマルハンと取次の大広メディックスより、2月28日をもって中止する旨の届出が出されたことにより、準備期間を置き5月初旬をもって広告はなくなるというのである。

2.これは、私たちの請求が正当であり、勝利したものと評価する。
  形式的理由は、広告主のマルハンと、市と特別な関係にある取次広告店の中止の通知を理由とする。しかし、この中止は、第1に市民の良識に反するギャンブル、パチ・スロ店広告であること、第2に市の地下鉄が無差別かつ広告を視ることを強いる形でなされる不当なものであること、第3に市によるマルハンの差別的独占広告であること等への批判に耐えられなかったためである。
  大阪市が率直に自らの判断により中止を表明しなかったことは、自主性と良識を発揮せず、他の原因にさせ、無責任さを示している。しかも、マルハンと大広メディックスが今年2月28日で中止すると届出しているのに、奇妙な理由で2ヶ月以上さらに広告を継続するということは、その裏面での広告主側との金にまつわる不可思議な癒着を視ることができる。
  ともあれ、提訴以来4ヶ月余で実質目的を達し得たことは、市民の良識の勝利であり、私たちの活動を支持された多くの市民に感謝する。
  そして、今なおギャンブル依存症の拡大の原因となるギャンブル広告を続ける大阪市の姿勢を糺していくことを声明する。

2013年2月14日
大阪市地下鉄マルハンパチスロボディ広告差止請求原告団、同 弁護団
ギャンブル依存症を生む公認ギャンブルをなくす会(事務局 井上善雄)
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2013.2.15  毎日紙                    同日 産経紙
9号.JPG
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公営ギャンブル語カルタ

※(  )は特に用いられるギャンブル種、「オート」はオートレースの略

あ アガリで決めた このレース (競馬)   ね 年末にジャンボで稼ぐくじ売場(宝くじ)
い インのママ逃げて勝つ (競艇)      の 乗れてるか乗れてないかの好不調(オート)
う 裏目に出たらやり切れず          は バッグをふんでハウスを防ぐ(競輪)
え 偉い人天当り先 役人再就職先       ひ ビッグはサッカーゲームの予想なし(toto)
お 押さえるか押し上げ 押圧妨害し(競輪)  ふ フライングやりなおしをカンパイ(オート)
か カブる人気はよし かぶる走行妨害行為(〃) へ ペラたたきボート手入れしスタート(競艇)
き きわどい判定 スリット写真(全)     ほ 本命をいつも買ったら損をする(全)
く 車立て出場選手の競輪とオート       ま マークして一気にマクリ(競輪、オート)
け 競馬、競輪、競艇 3K合わせて6兆円    み ミニトト、ミニビッグでギャンブル毎日し
こ 交流は遠征すること(オート)       む 昔の賭博はヤクザ、今の賭博開帳ヤクショ
さ さつき、ダービー、菊花賞、天皇、有馬(競馬) め メルボルン 三段ころがし 後はすり(競輪)
し 場外売場 ウインズ、ボートピア、サテライト も もがく競輪 ものをみる馬(競馬)
す スリットカメラが決めるフライング(競艇) や ヤミ券を扱うを呑み屋という
せ ゼロハンでスタートをする平場戦(オート) ゆ 夢を買って地獄に落ちる依存症
そ 総流し 三角買いに8枠買い(競馬)    よ よく当たる広告 詐欺表示(宝くじ・toto)
た タイヤ差とハナの差 どちらが近い     ら ランク S、A、Bの三級計9班(競輪)
ち チンコロは賽コロ賭博の一方法(賭博)   り 良馬場、重馬場、不良馬場(競馬)
つ つまり貧乏人への特別税          る ルーレット 賭博の代表具(カジノ)
て 出残り 出遅れ 再発走(オート)     れ 連単は確率低め 射倖心高め(全)
と とも(軀)は後方(競馬)         ろ 6種目レース形式競技(単・複・連・三連)
な ならびつつレース展開読んでいく(競輪)  わ われる結果にハズレも多し
に 逃げ馬は端を切れないと勝ち切れず(競馬) を 終わりには客が負けるが決まりなり
ぬ ぬけ出た対抗 ダークホース(競馬)    ん んーと稼げる 富くじは詐欺

特殊な用語も多く判りにくいものです。それだけギャンブルの世界はヤクザな「闇語」世界なのです。


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依存ないし依存症の考え方

井上善雄

1.私たちは、ギャンブル依存症という言葉を普通に使いますが、そもそも依存とは何かについて必ずしも十分検討し切れていません。
  依存とは、実は相互依存という言葉があるように「もちつもたれつ」の関係にあることも多いのです。Independence(独立)という言葉が強いプラス概念で使われることが多いのに対し、Dependence(依存)は弱い言葉です。英語でいうdepend upon~は~のおかげとも訳されます。依存の価値はそのこと自体をどう認識するかに関わっているようです。dependenceは依る、・・・次第、信頼するの意味もありますが、従属、扶養される、属国を意味する言葉でもあります。
  しかし、依存の意味を考える場合、私たちは何に依存しているか、何によって(何故)依存する状態なのかが重要です。

2.依存症という場合、既にその依存対象(物)によって価値づけられています。かつて酒やタバコに負の評価がないか少ない(負より正、マイナスよりプラスの価値がある)と考えた場合は、依存症としてその状況を客観視されることもありませんでした。
  たしかに、食料が不足し空腹感に悩んでいた古代の人々には、タバコは代替吸引物でした。タバコはストレス(戦時の恐怖感から労働の負担)の解放という機能はあります。ただ、現代では自己及び第三者への間接喫煙による病害悪が上回るとして抑制が求められているのです。
  酒も「百薬の長」といわれた時代もありましたが、酒乱にアルコール中毒、交通事故、これも当人と第三者、社会害悪が公認されて抑制が求められています。
  薬物依存症は、ニコチンを含むあらゆる薬理作用による依存症であり、酒・タバコから麻薬、覚せい剤など、いわゆる“ドラッグ”への依存です。その中には医薬品も含まれます。
  これらの「物質依存」に対し、病的賭博としてギャンブル依存症、ケイタイ依存症(PC依存症)、買い物依存症は社会システム、手法、社会が生んだ心の病の結果としての依存症です。こういう「システム依存症」を考えると、私たちはモノ、サービス、遊びの利便から生じた快楽追求が、実は他や自分へ害悪をもたらしており、依存というものがますます害、負の価値評価とされてしまいがちです。

3.しかし、依存というものを開き直って実は何に依存し、何に依存しないからいけないのかを考えてみることにしました。
  まず、争いのないところから述べます。
  私たちは、地球という環境(大気~土地全て)に依存しています。地球から独立宣言をできる人はいません。小さな子供は親に依存します。人は一定の条件の下に必ず他人に依存しています。日常の食物も他の生命に全て依存しています。生命に触れる人程(農業、医学・・・)人が他の生命に依存していることを知り得ます。食物を喰う害虫さえも全生命生態系からは意味のある役割を果たし、私たちは相互依存しているといえます。
次の詩をみて下さい。まず、Henry Gibsonという詩人のものです。


DECLARATION OF DEPENDENCE
I am a part of Nature.
I am a part of everything that lives.
I am bound together with all living things in air, in land, in water.
My life depends upon Nature―
Upon its balancb, upon its resouces, and upon the continuity of both.
To destroy them is to destroy myself.
As a member of the human race.
I am responsible for its survival.
I am a part of Nature.
I will not destroy it.
 
これを竹内通夫教授は次のように訳しました。
依 存 宣 言
私は、自然の一部である。
私は、生きとし生けるものの一部である。
私は、大気、大地、水の中で生きるすべての生きものとつながっている。
私の生活は、自然に依存している。
自然のバランス、その源泉、そして両者の連続性に依存している。
それらをハカイすることは、私自身をハカイすることである。
人類の一員として、私は、自然が生き残っていくことに責任をもつ。
私は、自然の一部である。
私は、それをハカイしたくない。

4.さて、モノ、手段、システムは自己の目的を達する自立のモノであると思うものも、本当は他に依存するというものであり、その効果に依存していないか常に考える必要があるのです。
  原発も大規模発電による電力の利便を追求したものです。(その動機には企業の利潤追求もあります。)そして、原発に「依存」して危険を冒し、ついには失敗したのがフクシマ原発事故です。
  独立宣言は従属からの自立というものですが、本当にどの国家、地域といえど完全に独立できるものはありません。客観的には自らが支配したと思っているものも含めて依存しているのです。結局、その依存のあり方が問題なのであって依存しているということ自体は知っておくべきでしょう。
  宗教では神によって生かされているという一定の教えを無条件的に信ずる「帰依」があります。これも依存です。宗教でいう信ずる対象の神、仏、主には全て依存するということでしょうが、その使徒としての「僧」らに対しても依存する(全て?ほとんど?多く)ことがあります。
  哲学でいう理念は定型のものに依存するということは少ないといえます。自然科学でいう万有引力の法則、アインシュタインの相対性原理、そして量子論で否定できない原理もありますが、人間の社会科学では新しい哲学が生まれています。
  そして、科学技術と社会システム組織が、また新しい依存を生んでいるのです。科学技術の発明、発展には、アインシュタインが原子爆弾に罪の意識を持ったようにコントロールできない場合の恐ろしさがあります。
  結局、便利さとは①誰にとって、②どのようなもので、③そのコストや負は何か、④誰にもたらされるか、⑤その便利さと負のコントロールを誰が行うのか、⑥そしてそのコントロールで未来にわたり公正・公平さが担保されるのかが問題なのですが、現在は①~⑤は曖昧にされ、⑥のコントロールができない下での「依存するモノとシステムづくり」なのです。
  そこへの依存こそ、真の「依存症」というべきです。
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赤字公営ギャンブルは廃止すべき

 2013年2月11日毎日紙によると、奈良県営競輪は1億2200万円の累積赤字を抱え、廃止の瀬戸際という。これを左右する重賞レース「春日賞争奪戦」(G3)は年間58日の開催のうち4日間だが、売上は67億円(昨年)で全体の6割を占める。今年も68億円が収支均衡ラインで、上回れば累積赤字は減り、下回れば競輪を統轄する(財)JKAから還付金はあるが将来性は一層難しいという。
 県地域産業課は、存廃は「春日賞次第」としていたが、他のG3も売上低下傾向で悲観的な見方が強まっていると言う。県営競輪場は、1950年開業、1991年度ピーク時に308億円を売り上げ、22億円が県に入った。しかし、2011年度入場者数は9万人、2009年度から赤字を抱え続けている。全国の競輪も2001年度50箇所から昨年4月には44箇所に、今、松阪市、広島市が廃止検討中とある。
 県の担当は、競輪場は販売員など276人の雇用を生んでいるというが、競輪は失対事業でもなく、そのために赤字事業を続ける理由は全く成り立たない。競輪は「ギャンブル依存の貧者からとる税金」を特別徴収しているのがその本質で、収益金以外は全て「害」と「コスト」「負担」である。県営競輪の最大の収入年22億円も「周辺の安全・治安」「環境被害」「病人の治療費」「公有財産の有効利用の逸失」に比べると小さすぎるといえる。こう考えると、1億2200万円の赤字だけでは済まない「社会損失」を県知事以下議会、役人らは先延ばししてきただけといえる。
 奈良競輪に限らず、「公営ギャンブル」は単年度赤字になれば廃止へのイエローカード、2年続けばレッドカードで中止すべきである。その後は赤字を自己負担し、収益金を保証補填できるのでなければ存続すべきでない。実は累積赤字を重ねる間に、従業員らの正しい雇用機会を奪い、結局県は競輪の解約に伴う追加損失負担を蒙る。
 ①過去の公営競技と公正運営を怠って財政損失を与えたこと、②今後の継続の差し止めを求める住民監査請求、住民訴訟さえ可能となろう。                   (賭場閉吉)
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ギャンブル消費者保護法の必要性

平松 毅

1.マズローは、欲求段階説を唱え、低い欲望が充足されると、さらにより高い欲望が発生すると論じた。
とすると、貧乏人もお金持ちもすべての人は欲求不満を抱えていることになる。
この欲求不満を解消するには、いろいろな方法がある。それらのうち、欲求に直面することから逃げることを「逃避」というが、逃避のうち空想の世界で欲望を充たそうとすることを「白日夢」といい、欲望と正反対の行動をとって欲求不満を解消しようとすることを「反動形成」という。例えば、不治の病であることを聞かされて銃を乱射するなどがそうである。
自己が架空の物語の主人公になったつもりで欲求不満を充たすことを「同一視」といい、他人の業績を自分のことと思い込んで満足することを「摂取」、「人のふり見てわがふりなお」すことを「投射」という。例えば、野球選手の活躍を見て欣喜雀躍するのは「同一視」であり、自分の子が東大に入ったことを喜ぶのは、「摂取」である。
また、得られなかった本来の欲求よりも価値の低いもので満足することを「代償」、本来の欲求より価値の高いものにのめりこんで満足することを「昇華」という。例えば、仕事では太刀打ちできないから、せめてゴルフで鬱憤を晴らそうというのは「代償」であり、憧れの彼女にもてない欲求不満を仕事の成果で解消しようとするのは「昇華」である。

2.パチンコや宝くじで欲求不満を解消するのは、このどれにあたるのだろうか。300円の宝くじを買っても実際に100万円にあたるのは、例えば、1234分の1だということが統計的に明らかであるにもかかわらず、「試せばあなたも6億円」の宣伝文句とともに宝くじを売るのは、空想の世界で欲求を充たすことを煽るにほかならず、「白日夢」ではないだろうか。政府は白日夢を煽っていいのだろうか。
憲法は、生存権、労働基本権や教育を受ける権利を保障している。このことは、社会的弱者を保護する施策を憲法が予定していることを示している。例えば、教育を受ける権利についていうと、ドイツでは、外国人の犯罪が、犯罪の4割を占めており、その殆どは教育を受けていない人々であり、ドイツ語を理解できない人もいる。そこで、ドイツの刑務所では、社会人として生活できる基盤を形成するために、全員に対してではないが、小学校から高校、高専そして放送大学を含めた大学レベルまでの教育を行っている。現代社会では、専門知識が、生存のために不可欠であるから、日本の刑務所でも、見習うべきではないだろうか。
3.競輪、競馬場から出てくる期待を裏切られた人々の群れを見ると、彼らこそ憲法上の保護を必要とする社会的弱者ではないかという印象を強くする。日本は、社会的弱者のために、生活保護法、労働組合法、消費者契約法、訪問販売法、児童扶養手当法など多くの法律を制定して彼らを保護している。例えば、消費者に対しては、事業者に契約書面の交付とかクーリングオフとかを義務付けて、消費者を事業者の勧誘から保護している。
しかし、ギャンブルから消費者を保護する法律は、ほとんどないように思われる。例えば、宝くじが、あたる確率は、賞金ごとに精密に計算されている筈であるから、その確率、例えば、1枚の宝くじで1万円があたる確率は123分の1で、百万円あたる確率は1万2千3百4拾5分の1であることを、宝くじ券に印刷しておき、消費者がその確率を理性的に判断できるように配慮すべき義務が国にはあるのではないだろうか。
パチンコについても同様であり、消費者の投資額、賞金として還元した金額、業者が得た粗利益の地域毎又は全国平均をパチンコ店の店頭に公表すべきではないだろうか。
たばこの害悪とか先物取引などに対する規制と比較しても、ギャンブルの犠牲になる社会的弱者に対する保護は、あまりにも乏しいように思われる。貧乏だからギャンブルにのめりこむのか、ギャンブルにのめりこむから貧乏になったのかはわからないが、私には、後者のような気がする。
少なくとも、訪問販売法や消費者契約法と同様、消費者であるギャンブルの顧客にも理性的判断を促す施策は、憲法上も要求されているのではないかと思われる。 (憲法、行政法、消費者法)
posted by inoue at 00:00| Comment(0) | 会報9号 | 更新情報をチェックする
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